「魔が差す(まがさす)」とは、悪魔が心に入り込んだかのように、ふとした瞬間に判断や行動を誤って悪いことをしてしまうという慣用句です。
輝かしい成果をあげて注目されたい…そんな虚栄心はどんなに立派な研究者の心の中にも、多かれ少なかれ潜んでいるものです。そして研究に行き詰まり精神的に追い詰められた時、心の中の悪魔がこう囁くかもしれません。
「データを捏造(ねつぞう)してしまえ。どうせ分かりはしないさ。」
もしあなたがこの立場なら、心の中の悪魔を追い払い、科学にとっての正義を貫けるでしょうか?
今回は、日本ではあまり知られていませんが、90年ほど前に起きた「ルップ事件」というお話をお届けします。
実験物理学者のエミール・ルップ(P. H. Emil Rupp)は1920年代後半、世界中から注目され、尊敬される人物でした。当時、優秀な実験家として注目されていた彼は、アインシュタインから「光の粒子性」(フォトン)に関する実験を行うように勧められます。
これに力を得たルップは、さまざまな実験を行い画期的な成果をあげて行きます。その論文はアインシュタインの論文に並んで掲載されるほど注目されました。
しかし、その実験データは捏造で、その他の論文でも捏造を行っていたことが発覚。1935年になって、ついにルップは捏造を認め、全ての論文が取り下げられることになりました。
残念なことに、これによって、アインシュタインが関与した論文も取り下げられ、当時アインシュタインが持っていたアイディアも歴史の闇の中に消え去ってしまいました。
後にアインシュタインの理論自体は正しいことが証明されましたが、もしこの事件が起きなければ科学史は少し違った歴史を辿っていたかもしれません。
ちなみに、ルップは精神鑑定の結果「夢を見ているような状態」で論文を執筆したと言われています。その後、ルップは二度と物理学者として働くことはなく、誰も彼の研究について触れることはなくなりました。